【山下伊豆見の歴史】 ピアキャストにてデビュー。性器を晒したりと危ない配信を繰り返していたが、ファンは多かった。 Sに絡まれ、事件に巻き込まれるが、ピアキャスト配信者Pの助けにより間逃れる。 山下の危険な配信にピリオドを打つため学校に凸される。 VSDのDJ、Aに、遊びで学校に凸される。 学校や親から配信を禁止され、無念の引退。 ↓ 引退中も山下ファン達により動画が再アップされ、MADもいくつか作られた。 ↓ 配信の禁止が解け、ニコニコ動画で電撃復活。 YOUTHS結成 2008.2.23本格活動開始。山下とサシマンはもちろん、保護者役として長老がメンバーに。 ニコニコ動画では、秋葉原ロケ・カラオケ・池袋ロケなどで山下・サシマン競演も。 秋葉原ロケでは長老もキリン姿で出演した。 ↓ 第1回のラジオで間違えて固定ハンドルネームをつけて掲示板に書き込んだロリコン先輩を 二人が気に入り、ロリコン先輩も後にYOUTHS正式メンバーに。 ↓ 粘着アンチKによる電話凸により山下、再び無念の引退かと思われたが、すぐに復活。 何回か引退後、名前を限定的に「山下威豆三」に変え、復活。 【サシマンの歴史】 2007年11月に、じゃんけんでチョキを出して負けたことからニコニコ動画に動画アップ。 最初は顔を出していなかった。 名前を「さしまんしょーぐん」と名乗っていたこともある。 途中から武藤幸太サシマンmk2という名前になり、武藤幸太としてのアップ数が一番多い。 ↓ ゆとりラジオ「ゆとり首脳会議」のゆとりDJ、Jに誘われ、ラジオ配信を開始。 一度は脱退するものの、和解して「ゆとり首脳会議」で活動再開。 ↓ Rがサシマンの愚痴をいった事に対し、サシマン怒る。 サシマンがゆとり首脳会議にてRの愚痴を言う。 R怒ってJに電凸 ↓ JがRのまねをしたり、会議のホストになって、気に入らないものを落としたりとするため サシマンはゆとり首脳会議から離脱。 ↓ 山下君からスカイプ凸がきて、仲良くなる。 ↓ YOUTHS結成 2008.2.23本格活動開始 ↓ ナイフを振り回しているなどとして警察に目をつけられて(K曰く、実際はKの電凸のため)武藤幸太引退。 数日後、学校にばれぬよう、「紗山大毅」と改名し復活。 なかなか認知されず、読み書きもしにくいことから「サシマン」に戻す。(一生サシマン宣言)