【Do-Daiに至るまで】 『んー……ちょっと違うなぁ。いいや、休憩にしましょーか』 「すみません……」 新曲のレコーディングは難航していた。 かなりポップな曲調だし、戸惑いがある。 「また、か」 「……すみません」 うしろにひかえていたプロデューサーの、残念そうな表情が辛い。 「はぁ……」 「本当に、すみません。……情けないです。ため息まで、つかせてしまって」 「あ、いや、違うんだっ。  こういうとき、何か手伝えないのが、もどかしいって言うかさ」 「……プロデューサー……」 「何か、飲み物買ってこようか。それくらいしかできないからさ」 ははは、と。そう言って笑う。 「そんなこと、ないです」 「そう、かな」 「はい」 そう。プロデューサーにしか、出来ないことあるんです。 「……ひとつ、お願いしてもいいですか?」 思い切って、頼んでみることにする。 実はこの曲にふれるようになってから、考えていたことでも、ある。 それがこの曲を歌いこなす、一番の近道なんじゃないか、と。思っていたから。 「あぁ、いいよ」 「……」 耳打ちする。 「なっ!……そ、それは、そのっ……!」 「ダメ、でしょうか……っ。も、もしかしたらっ、うまくいくかもしれませんっ、し……」 "告白して欲しい" そう、頼んだ。 正確には、"男の子役になって私に告白して欲しい"ということだ。 「でもなぁ……俺でいいのか?」 「はいっ。より、歌の中の子の気持ちに近づけるように……そ、そうすればきっと、うまくいくと思うんですっ」 想像だけでは限界のあるものでも、少しでも似た経験があれば…… 「……わかった。やろう。どうすればいい?」 「え、えっと……」 ……どうしたらいいんだろう?  「歌詞に合わせてやろうか。後ろからイキナリ、っていうの」 「は、はい」 ― 「ねね、なにしてんだろ?」 「ん?……ほんとだ」 アイドルのコと、プロデューサーがなにやらやりとりしている。 不思議なのが、何度も振り返ったり振り返らせたりと、動作が変。 「音ひろってみよっか?」 コントロールルームとレコーディングルームは防音ガラスで隔てられているため、 姿は見えるものの普通の会話程度は聞き取れないし、マイクが切ってあるため、こちらに音が入ってくることはない。 「えーw ……まぁ、ばれなきゃ大丈夫か。そんな変な話してるわけでもないでしょ」 座り込んで作業をしている私たちに気づく様子もなかったので、ちょっとした好奇心で、私はこっそりマイクのスイッチを入れた。 ― 「それじゃ、あっち向いて」 「は、はいっ」 プロデューサーに背を向ける。……緊張してきた。 どんな顔をしてるんだろうかとか、なんて言われるんだろうかとかそんな 「千早っ、好きだ!」 「あっ!えっ?あ、ははいっ!」 考え込んでしまってイキナリ声をかけられたことに驚いて、慌てて後ろを振り向く。 「……い、今、なんて……」 あまりに急だったので、つい聞き返してしまう。 「好きだ」 「ぁ……」 わ、わかってる。これは、歌のための演技、演技! そのはずなのに、ドキドキと鳴る鼓動や真剣なプロデューサーの顔や間違いなく真っ赤だろうと思う自分の熱い顔とか 「……千早? 今ので、大丈夫か?」 「え……あ……」 「ちゃんとその子の気持ち、わかった?」 「……い、いきなりすぎて、よくわかりませんでした……」 「おいおい」 「す、すみません。も、もう一度お願いしますっ」 「えぇっ?……け、結構恥ずかしいんだけどな、これ」 「すみません……」 「まぁ、いいけどさ。……それじゃ、あっちむいて。いろいろやってみるよ」 「お願い、します」 … 肩をポンポンとたたかれて。 「好きです」 「……///」 … 「千早っ」 「え、ぁ、っ、はい?」 「……ずっと前から、好きでした」 「ぇ、、ぅ///」 ひと呼吸置いて … 「如月さんっ」 「はい?」 「つ、付き合ってください」 「〜っ///」 私が先輩、プロデューサーが後輩役で。 … 「如月!」 「え……は、はい?」 「お前のことが、前から、好きだった」 「//////」 逆で。 …… … 「さすがに、これだけやれば大丈夫だろ……?」 「ま、まだですっ」 「えぇー……」 「ちゃ、ちゃんと最後まで、していただかないと」 「最後まで?」 少し、俯く。 「……」 「あぁ……なるほどね」 頭にふれる、やわらかい感触。 なでなで。 ― 「……なにしてんの、アノ二人……」 「知らないわよっ……いい加減、マイク切ってよ……!!」 と、私たちはもだえ苦しむ羽目になった。 ― 『おっけー! これでいこう!』 「あ、ありがとうございますっ」 『それにしても急によくなったねぇ。何かあったー?』 「い、いえ、特には……」 振り向いて、後ろに控えるプロデューサーを見る。 「!……っ」 目が逢い、慌てて二人してそらす。 「……?」 ガラスの向こうの女性スタッフの目が、少し気になったくらいで。 そのまま順調にレコーディングは終わった。