ラビの夢

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テキスト ボックス: 車が行きかう都市から少し離れた山の中で、小さなうさぎたちがおしゃべりをしています。
「僕たちのご先祖様は、お月様からやってきたんだって」
白うさぎのユキが言いました。
「それ、本当?」
その言葉に、ラビはキラキラと目を輝かせました。
「うん。おばあちゃんが言ってたんだ。お月様に見えるうさぎの影は、僕たちが昔住んでたっていう証拠なんだって」
まわりにいる子うさぎたちも、ざわざわとどよめきます。
「すごいなー。ということは、僕たちのご先祖様は空を飛べたってことかな?」
「どうやって飛んでたんだろうね?」
子うさぎたちは小さな頭をフル稼働させてそれぞれに意見を出し合いますが、なかなか良い答えが出ません。
そうしているうちに、母親うさぎの呼ぶ声が聞こえてきました。気がつけばあたりはオレンジ色に染まっています。もうすぐ、晩ご飯の時間です。
子うさぎたちは、「ばいばい」と声を掛け合いながら、それぞれ両親の元へとかけていきました。
「ラビ、何かいいことでもあったの?」
夢うつつなラビを見て、ラビの母親は優しく言いました。
「うん! あのね、僕たちのご先祖様は月に住んでたって、ユキのおばあちゃんが言ってたんだって。僕たち、昔は空を飛べたってことだよね? それってすごくステキなことだなって思ったの」
ラビはそう言って、月を見上げました。丸い月が、ラビの黒い目に移ります。
「でもあんな高いところから、どうやって飛んできたんだろう……」
ラビは小さく首を傾げました。
「いっぱい草を食べて大きくなれば、きっと月まで跳んでいけるさ」
ラビの父親が、草をもそもそと食べながら言いました。うーんとラビは生返事をしながら、月を見上げます。
(ご先祖様にできたんだから、きっと僕にもできるはずだよね)
食事を終えると、月明かりに照らされながら、ラビは眠りにつきました。

「ラビー!」
次の日、切り株の影でアリを観察していたラビは、自分を呼ぶ声に気付いてふと顔を上げました。向こうの方から、白うさぎのユキが駆けてきています。
「あ、ユキ。おはよう」
「うん、おはよう、ラビ」
ラビの言葉に、にっこりとユキは笑います。
「ねぇねぇ。お月様までどうやっていくのか、思いついた?」
ラビは首を横に振りました。
「ユキは?」
えへへーと、ユキは得意そうに笑いました。
「思いついたのっ?」
「思いついたというか、おばあちゃんに聞いたの」
ユキの祖母は、ラビたちの住む山にいるうさぎの中でも、一番長生きで物知りだと有名な老うさぎでした。
「人間たちが僕たちうさぎを数えるときに、鳥と同じ数え方をするんだって。それは満月の夜に、うさぎが耳を使って飛んでたのを見たかららしいの」
ぴこぴこ、と長い耳を動かしながら、ユキは言いました。それにつられて、ラビも耳をぴこぴこさせます。
ラビは切り株によじ登ると、耳をパタパタ動かしながら切り株からジャンプしてみました。ラビの体は一瞬宙を舞いましたが、すぐにすとんと地面に落ちてしまいました。
「だめみたい……」
ラビは悲しそうに言いました。
「きっと子どもの僕たちじゃあ、耳の長さが足りないんだよ!」
ユキは悲しそうなラビを元気付けようと、大きな声で言いました。そうかもしれないね、とラビはユキの言葉にうなずきます。
「そういえば、うちのお父さんが、草をいっぱい食べたらお月様まで跳んでいけるって言ってた」
「でも、いっぱい食べたら体が重くなって跳べないような気がするけど」
うーん、と二人は難しい顔で首を傾げます。
と、その時、二羽の頭の上をすいーっとムササビが飛んでいきました。それを見て、二羽は「あ!」と声をあげました。
「体を広げて風にのれば、飛べるかもしれないね!」
ユキの言葉に、ラビは大きくうなずきます。
「あそこの崖からやってみよう!」
ラビとユキは近くにある崖のほうへとぴょんぴょんと駆けていきました。
「うわぁ、高いね……」
ユキは崖の下を覗きながら、ぶるっと体を震わせました。崖の高さは五メートルといったところでしょうか。
「大丈夫だよ。下は川になってるし、死んだりしないよ」
ラビはそう言って、大きく息を吸い込みました。
「それじゃ、やってみるね」
ぴょんっと地面を蹴って、ラビは飛び出しました。風を全身に感じることができるように、ラビは大きく体を広げました。
しかし、ふわりとした感覚も一瞬のこと。ラビの体は崖の下にある川へと急降下し、どぽーんっという派手な音を立ててラビは川へと落ちてしまいました。
「ラビ!」
崖の上からユキの心配そうな声が聞こえます。大丈夫、と言おうとして水面に顔を出そうとしたラビですが、思ったよりも川の流れが速く、どんどんと流されていってしまいます。おまけにまわりは切り立った崖になっていて、上陸することもできません。
(どうしよう……)
ラビは急に恐ろしくなってきました。沈むまいと必死に水を蹴っていた足も、だんだんと疲れてきています。
途方にくれたラビは何もする気が起きず、ただただ流れに身を任せ、どんどんと下流に流されていきました。
(死んじゃうのかなぁ)
そんなことを考えているうちに、ラビはとうとう気を失ってしまいました。