5分でわかる人権擁護法案

作者:久間知毅

こんにちは、皆さん。『読んでみよう! 人権擁護法案』や『人権擁護法案に反対するには』という動画をアップさせていただいております、久間です。

今回は、「人権擁護法案」とはどういうものか、という視点で、中学公民の教科書レベルを目指して動画を作成しました。要するに、大雑把に「人権擁護法案とはこんなものですよ」という解説です。

というわけで、詳しい条文につきましては、以前アップした動画を参照ください。またこの動画は「法案とはどういうものか」のみの解説となっており、法案の是非には言及しません。運用面や推進者のことについては前回の動画や、後から紹介するサイトさんを参照くださること、あらかじめご了承ください。

では、早速はじめたいと思います。

 

5分でわかる人権擁護法案

 

さて、「人権擁護法案」を一言で説明しますと、「現在施行されている『人権擁護委員法』の改正案だ」ということになります。

なぜ、改正するのかというのは……

・国連に「独立性のある人権救済組織を作れ」と勧告されたこと。

・「人権擁護委員法」では法務省の裁量で各種救済措置を行うことになり、法的根拠が薄い。

・現行法では人権擁護委員がどこまで立ち入るか明確でないために不都合が生じている。

ということがあったためです。

なので、「人権擁護委員法」の改正である「人権擁護法案」を理解するために、ひとまず人権擁護委員を簡単にご説明します。

人権擁護委員とは、各市町村長の推薦で法務大臣の名前で依頼された、人権啓発を行ったり人権侵害事件の窓口となったりするボランティアの方々です。全国に現在1万4000人ほどおり、年間17万件ほどの人権相談や年間1万件ほどの人権侵害事件に対応しています。昭和24年の施行以来、特に問題も起こすことなく順調に運用されています。

 

人権擁護委員についてご理解いただけたところで、今度は「人権擁護法案」によってどのように変わるのかという点を具体的に見ていきます。

 

まず、人権擁護法案では「人権委員会」という行政委員会を設置します。これは公正取引委員会などと同じで、形式上は法務省(公取委は内閣府)の下になりますが、実質的には内閣に直接置かれるものとなっています。要するに、省庁みたいな部署に格上げするというわけです。

そして「人権委員会」の下に、法務省の人権擁護局と人権擁護委員を横滑りさせて組織を整理します。これが人権擁護法案における人権救済組織です。

以下に整理した図を示します。


(↑右の「人権委員会」で色が混ざっている理由は後から説明します)

人権委員会の委員長と委員は、首相により任命され、衆参両院の承認を経て就任することになります。これは現憲法下で最も厳しい選定方法(同じ方法を取るものに日銀総裁があります)で、国務大臣よりも厳しいくらいです。選定方法が厳しくなれば、やめさせることも難しくなるので(正社員の方がバイトよりクビを切りにくいのと同じ)、人事権を首相が握り、滅多なことでは辞めさせられないようにして、独立性を確保しているわけです(これが「行政委員会にする」ということです)。

なお、人権委員会委員長と委員は、「下っ端公務員以外は日本人でなければダメ」という「公務員に関する基本原則」により、日本国籍が必要になります。

そして人権委員会は5人で運営されるので、事務担当にこれまでの人権擁護局を事務局として横滑りさせます。

人権擁護委員は特に変わりませんが、地位が完全なボランティアから「無給の一般職国家公務員」となります。ですがボランティア業務であることは一切変わらず、仕事も現在と同じです。任命の手続きも現在と変わらず、強いて言うなら「任命する」のが法務大臣から人権委員会に変わる程度です。人権委員会委員長及び委員に大臣以上の人事がされる以上、現在と全く変わらない手続きとなります。

次は、救済手続きについて見てみましょう。

救済手続きを、現行法との差で見てみると、「法務省人権擁護局の裁量で行っている救済措置を明文化し特別救済として、人権擁護委員の一般救済と厳格に区別する」といった感じです。

ここで一般救済と特別救済という用語が出てきました。この2つが、この法案の救済措置です。

まず、一般救済ですが、これは「人権侵害された」という訴えをもとに人権擁護委員が対象者に任意で調査し、話し合いの場を設けたり、犯罪行為ならば警察を紹介したりと、現行法と全く同じことが行われます。

新たに分けられた「特別救済」の方はどうかといいますと、法案中にある条件に引っかかり、一般救済で対処できないようなものに対して行われるものです。なお、人権擁護委員はこの特別救済には関わることができません

特別救済が発動する条件というのは、1つ目として「公務員や商売人が、人種とか生まれとか宗教とかの本人ではどうにもできないこと『だけ』を理由に、不当に差別的な待遇をしたり、差別的な言動を行ったとき」です。

2つ目は「虐待」。

3つ目は「地位が上であることを利用したセクハラ」。

4つ目は「部落地名総鑑のようなものの販売や掲示」。

5つ目は「人種とかで不当な差別しますよと宣言する広告を出すこと」です。

これらに引っかかるものは、現状でも刑法や民法などの法律に触れるものばかりです。実際に法案を作成した法務省も、「民法の不法行為や刑法の範囲」と言っています。

例えば、こいつは部落民だと個人情報をブログに載せた挙句挑発とか、そういった例です(4つ目の条件)。この例では現行法でも実際に調査されています。

要するに、公的な場で行うヘイトスピーチ(人種などの本人ではどうにもできないことをあげつらって貶す言動)や公的な人が行う差別的待遇と、虐待を取り締まり対象とするわけです。

取り締まり対象となった人にはどういった措置が取られるのか、ということですが、まず「仲裁」と「調停」が行われます。わかりやすく言うと、「和解の提案」です。これは任意なので、両者とも蹴ることができます。

そして和解できなかったときは、人権委員会による勧告があります。

人権侵害したとされた人はその勧告に対して意見を言うことができます。そして再度話し合いが行われ、決裂したとき、勧告の内容が公開されるようになっています。

このように手続きが明確に書かれていることが、現行法である人権擁護委員法との違いです。

現行法では、人権擁護局の裁量で、「勧告等」を行うことができます。そして行われるのは人権擁護委員と人権擁護局による救済措置です。

つまり、現在の曖昧な状態を明文化するというわけです。(曖昧な条文、ではないことに注意)

同時に、「法的根拠が薄くて不都合が生じた」という教訓を生かし(何でも拒否されて調査が進まなかった)、最高裁判所によって認められた「間接強制」という手段を使って非協力的な人に「正当な理由」を求めるようになります。(正当な理由なしに何でも反対したら、「混乱させるならお金払って」となります。もちろん犯罪ではないので前科はつきません)

以下に、違いを図示してみます。

人権擁護局の裁量で行われるものに「勧告等」があったので、人権擁護局→事務局という都合上、最初の組織図で人権委員会の色が混ざっていたわけです。

 

最後に、この法案での人権救済組織が、社会でどのような位置づけとなるかを見てみましょう。

現行法の人権擁護委員もそうですが、こういった一連の手順……一般的な書き方にしますと、「行政府による、裁判になる前に穏便に物事を解決する手段」になりますが、これを「裁判外紛争解決」といいます。略称はADR

ADRは今まで説明してきたように、司法のような有無を言わさない強制力はありません。ですが、その強制力のなさを生かして、すばやく動いたり柔軟に対応したりすることができます。この特性を社会で活かそうという試みです。

実際問題、警察という組織はこういった柔軟な対応を取れないですし、人員も足りません。

また、裁判という制度はとっつきにくく、また「ガチガチ」に堅いという側面も持ち合わせています。そこで、ADRというクッションを間に置くわけです。

また、司法が「角ばっている」ために、そこから漏れ出るような案件は放置されているという現状もあります。それらもすくい取ってやる、ということも可能です。

法案を作ったひとりである塩野氏がこの法案を「ポストモダン的な」と形容した理由は、まさしくこういうことなのです。ADRを現行制度に組み込み、クッションや潤滑剤として使用するというわけです。

例えるなら自動車のサスペンションです。原理的にはバネがなくても車は走りますが、実際に道路を走るとなると、振動が激しくてとても乗っていられませんから。

 

このように、人権擁護法案とは、

1.国連の勧告に従って人権救済組織に独立性を持たせる。

2.明文化されていない救済措置を明文化する。

というものであるといえます。

そういうことですので、部落地名総鑑を販売したり、ヘイトスピーチを公的な場で言ったりしない一般の国民にとっては、何の関係もない法案だというわけです。

また、商行為による差別であった「ハンセン病元患者宿泊拒否事件」も、この法案が成立していれば、裁判前に解決し得たかも知れず、もっと違った結末が訪れたことでしょう。

さらに、社会的弱者の団体が利権化して不当な要求をする、いわゆる「逆差別」に対しても、「柔軟な対応ができるADRという仕組み」があれば裁判を起こされる前の対応なので、逆差別の目的である「裁判するぞ」とう脅しが効かなくなります。(実際に裁判すると逆差別側は負けます)

このように、一般国民と少しはなれたところでは、組織の整理と明文化でさまざまなことが解決できるようになります。これが、人権擁護法案なのです。

 

なお、マスコミが報道しない、という点に関しては、年間に両院に提出される法案が150から180にのぼることを考えれば合点がいくでしょう。この法案は提出段階以前の、自民党の部会のさらに前段階の調査会というところで話し合われています。なので、政府としてもこんな小さな法案の広報に莫大な予算を割くということ自体が無意味というわけです。

なので、後はマスコミによって報道されるかという話ですが、こんな「一般人に無関係な」法案をいちいち報道する方が少ないと思いますし、それは法案ではなくマスコミの問題です。

ちなみに、前回マスコミが大慌てしたのは、「加害者の親類にしつこい取材するな」「取材する人にストーカーするな」「押しかけて一般市民に迷惑かけるな」というマスコミ条項が凍結されていなかったためです。

これは私の個人的な見方ですから、各自考えていただきたいのですが、マスコミが騒がないのは「ワイドショーを自制しなくていいから」ではないかと感じています。マスコミ条項が示すものは、どうみてもワイドショーですから。

 

これで、今回の動画は終了です。

もっと詳しく知りたいという方や、私の「法案の是非」について知りたい方は、人権擁護法案動画第1弾である「読んでみよう! 人権擁護法案」(sm2533436)を参照ください。

また、この動画に疑問を持った方は第2弾の動画(sm2622245)や、bewaad氏のまとめたFAQhttp://bewaad.com/20050409.html)、やえさんのまとめた「よく読めば分かる人権擁護法案」(http://www.amaochi.com/news/yae_log_jinkentogo.html)、plummet氏のまとめた反対派の根拠に対するカウンター(http://d.hatena.ne.jp/plummet/20050501/p4)をご覧いただければいいと思います。

人権委員会が動く案件が現行法を越えない点は、法務省が作成した「主な人権侵害類型と被害者の救済にかかわる制度等」(http://www.moj.go.jp/SHINGI/010525/refer04.html)をご覧ください。

そして現在どのような人権侵害行為があるのかという点は、同じく法務省が作成した資料(http://www.moj.go.jp/PRESS/050520-1/050520-1.html)をご覧ください。

 

では、この動画が法案理解の一助になることを祈って、終了させていただきます。

視聴くださりありがとうございました。

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