合鏡後編〜終焉する世界と終焉する世界〜 登場人物 阿木七鈴(あき なすず):主人公。            理想の世界を手に入れるも、次第に恐怖を感じる様になった。            自分の抱いた疑問と、其れに関わった人間が消える謎を追う。 袴田弘矢(はかまだ こうや):七鈴の後輩の二課員。              気弱だったが最近では妙な程の自信家に成った。              性格は変わっても七鈴を慕う気持ちは変わらず、悩む彼女を支えてくれる。 引宮星呼(ひきみや せいこ):二課の新課長と成った、七鈴の上司であり親友だった女性。              全てを知り尽くしている様な言動から、七鈴に疑われている。              彼女もまた七鈴を警戒している様だが、真意は全くの不明。 大松篤紫(おおまつ あつし):七鈴の恋人で探偵社に勤めていた。              彼女の依頼を受けて引宮を調査していたが、失踪してしまった。 四之崎頼一(しのさき らいいち):探偵社の社長。                 七鈴に協力し、篤紫の失踪を調べるが、失踪してしまった。 鳥丸昂(とりまる すばる):四之崎社長直属の探偵社員。              篤紫の調査中に失踪してしまった。 十田万夜(とうだ まや):四之崎社長直属の探偵社員。             鳥丸に続き、失踪してしまった。 佐倉泰輔(さくら たいすけ):元二課長。               暴慢で人望の無い男であった。               七鈴とも非常に仲が悪かった筈なのだが、何故か協力的に。 「…お前さ、もう分かってるよな?」 佐倉は先ず、そう七鈴に言った。 「…」 しかし七鈴は何も答えなかった。 「最初に言っておこう…今回の一連の怪事件。黒幕はお前だな?」 「…」 「まあ答えなくていい…俺よ、こないだお前と立てた仮説を逆に考えてみたんだ。」 其の仮説とは、「引宮が存在を知らなかったから、理想を反映しないでいた探偵社の面々を理想で消した」というアレだ。 袴田を味方に付けようという考えも、其処から始まった。 「大体よ、お前が何処で何をしていたか探るくらいの引宮が、お前の恋人の存在くらい知らない筈が無いんだよな。今までの流れで考えれ  ば、あいつはお前が味方に付けた人間が誰かを『お前が味方に付けた地点』でやっと存在を認知して、消すってことになる。」 「…」 「先ず、其処からおかしいんだよ。何で其処からなのか?お前の味方に成り得る人間を予め消しておけば済む話だ。わざわざ、自分への探  りが始まり、其の件で協力し始めた所で消す意味が分からない。調査が少しでも進めば、其れだけ自分が不利になるんだからな。」 「…」 「実際、協力者は徐々に消えたが、お前は少しづつ引宮に近付いていった。そして、最終的に追い込まれた引宮は自殺した…おかしいよな  あ?自分でチャンスを与えて、追い詰められたから自殺しました〜なんてよ。そもそも最初にお前が引宮を探る事にした原因が、あいつ  がまるで未来を知っているかの様な言動をしたから怖くなってーだったか?何であいつはわざわざそんな自分で疑われる様なマネをした  んだ?自慢したかったとでも言うのか?納得行かねーよなあ?最初から矛盾だらけなんだよ!今回の事件は!」 「…私は…」 「ん…?」 一気に捲くし立てた佐倉だが、此処で七鈴の異変に気付いた。 先程までは推理小説の主人公に真相を当てられ、どうにか言い訳を考えている犯人の様に黙っていた彼女であったが、今は雨の中の捨て犬 の様に震えている。 目は恐怖に歪み、今にも泣き出しそうだ。 「おい…どうした?何だよ、ズバズバ当てられてどうにもならなくなっちゃ…」 「違う!!」 「!!…」 佐倉は驚いた。 七鈴の目に、顔に、声に。 先程とは打って変わって一つ一つが大きな恐怖を与えて来る。 「(くっ…どうなってる!?黒幕はこいつなんだ!泣きながら俺に与えて来る此の恐怖感からしても、こいつは普通の人間じゃねえ…なのに  …何かがおかしいぞ?何だ?こいつは一体どういう存在なんだ!?)」 見えない何かを恐れる内、何時の間にか佐倉は自分が後退りしている事に気付いた。 「私は…違う…違います…違うんです…何も…唯…」 七鈴は七鈴で今にも泣きそうな顔をしながら、しかし一適の涙も流さずに虚空を見ながらぶつぶつと呟いている。 「おい…阿木…?落ち着こう…な?ちょっと俺もいきなり言い過ぎたよ。そうとしか思えなくなっちゃってよ…」 決して佐倉の心から、七鈴への疑惑が消えた訳ではない。 しかし此の侭ではさっぱり話に成らないので、先ずは進められる状況を作ろうと思ったのだ。 「私は…黒幕なんですか…?」 「…違うのか?」 「私は…そんな自覚は持っていません。只々、流れに沿っただけです…」 約20分の沈黙の後、七鈴はようやく多少の落ち着きを取り戻し、ぽつぽつと話し始めた。 「だがよ、他に考えられるか?今回の事件、会社の人間と探偵社の人間のみで全部話は進んでいて、両方の関係図に共通するのはお前だけ  なんだぜ?どうにも…」 「確かにそうですが…あれ?」 「どうした?」 「いえ…今思うと、探偵社と私ってあまり繋がりが無いんですよね…」 「何言ってるんだ?彼氏が居て、社長と顔見知りなんだろ?充分じゃねーか。」 「だって!」 七鈴の体が震え出す。 「だって…十田さんや鳥丸さんは、私全く知らなかったんですよ…?なのに巻き込まれて消えてしまって…」 「まあそうだが…お前が関わった地点で邪魔に成ると感じ、消したとも考えられるぞ。出会って直ぐだったんだろ?消えたのは。」 佐倉は未だ七鈴への疑いを拭い切れない様だ。 「そうですけれど…何か腑に落ちないんです…」 「…だが、お前以外に其の二人を含めた探偵社の面々と、SS商社関係者の関わりの輪の中に居る人間が居るか?」 「…ですよね…ではやはり私が…?」 「俺は悪いがそうだと睨んでいる。だが今のお前の様子を見ると、どうにも力を制御出来ていないみたいだ。だったら、一応未だ協力はし  てやるよ。此れでお前が自分の意思でやってたとかほざいたら消される前に打っ殺すトコだがな。」 そうは言った佐倉だが、少し前の様子のおかしかった七鈴を思うと乗り気には成れない。 「…どうせ全部消えちまったんだ。取り敢えずもう一度考え直して見よう。」 「はい…」 車を出て、二人は再び引宮邸に侵入した。 「俺の推理は結構良い線を行っていると思うんだよ。」 「確かに、引宮さんがわざわざ怪しい行動を取った意味が分かりませんね。あれだけ完璧な人なら幾らでも平常を装えたでしょうに。」 「引宮の動きってよ、全体的におかしくないか?怪しいトコお前に見せて、疑ったお前が会社休んだら調べて脅し掛けるなんつー此れまた  怪しい事やって、袴田と協力したらあいつを殺して自分ちに逃げた上に自殺して…なんつーかな、何がしたかったのかがサッパリなんだ  よ。散々自分を怪しませて怪しませて…バイバイだ。」 「うーん…」 考えを話しながら二人は引宮の死体がぶら下がった部屋までやって来た。 「此れ…実は生きてましたなんて無いよな…?」 「無いでしょう…明らかに死んでます。」 窒息死の特徴である体中の液体を垂らした状態の引宮。 床はあらゆる体液で湿っていた。 「こいつは何かしらの考えに利用され、用済みに成ったから殺されたのか?だとしたらわざわざこんな風に殺さなくても消せば良いのにな  …やっぱり何か法則が有るんだよなあ…」 「突然の行方不明に成らなかったのは、佐倉さん、袴田君、引宮さん、そして私…もかな。」 「全員事件に深く関わってる奴ばっかだが、共通点はせいぜいSS商社関係ってくらいだな。他には…ねーか…」 「あ…」 「どうした?何か分かったのか!?」 「携帯電話…車に置いて来てしまいました…」 「はあ!?今は関係ねーだろう…が…?ん?ちょっと待て…」 佐倉は怒鳴りかけていきなり固まった。 「そういやーよお…消えた探偵社の連中って携帯残して消えたんだよな?」 「ええ…」 「んで、身近な所から見付かった…」 「身近…でしょうか?篤紫のは私の部屋のクローゼットから、鳥丸さんのは篤の部屋の枕から、十田さんのは四之崎さんのカバンから、四  之崎さんのは私のカバンからですよ?」 「身近な人間の所だろ!?まあいい。でだ、其れって要は『其の携帯を見たら、誰の物かが直ぐに分かる人間の傍』って事だよな?」 「そう…ですね。私の所に鳥丸さんや十田さんの携帯が現れてもピンと来ないですし。」 「詰まりだ。誰もが持っていて、必要な人間が居れば個人を簡単に特定出来る…最初の音信不通から携帯が突如出現っつー非現実的な状況  から人間消失なんて此れまた非現実的な考えに至った訳だ。」 「あ、そう言えばそうですね。しかも其れが連続で鳥丸さんも行方不明に成ってしまいましたから、余計にそういう考えに成ったんだと思  います。」 「なあ、阿木よ…俺が何を言いたいか、頭の良いお前なら分かるよな?」 「…はい。」 二人の顔から表情が消える。 携帯電話を残しての人間消失…其の繋がりはあそこから始まっのだ。 此の繋がりが黒幕なる人物の存在を隠し、且つ効果的に恐怖を与える為の作られた偽装であるとすれば、自ずと答えは出てくる。 「今回の事件でお前から聞いた話が全て確実であるならば、全てを仕組んだ人間は彼だな…」 「…でも、信じられません。どうして?一体彼は何がしたいの!?」 「知るかよ…大体、全体的に普通じゃ在り得ねー事で構成された事件なんだ!俺に分かる筈がねえだろ…俺は…1ピースに過ぎねーんだし  よ…」 「…そろそろ出て来てよ…もう…ねえ、篤紫!!」 七鈴の声に、物陰の人物がゆっくりと姿を現す。 月光に照らされ、浮かび上がった其の人物は、最初に行方不明になったと思われていた大松篤紫其の人だった。 「ふん…ようやくって所か。」 「どうして…貴方は…」 篤紫の表情は余裕たっぷりだ。 「妙だとは思ったんだよな。阿木が電話で少し話したってだけで、今回の事件の関係者中、姿を誰も見ていないんだからよ…」 佐倉が七鈴と篤紫の間に割って入る。 「…」 「他の消えた連中は、ついさっきまで居たのにって感じで消えた。まあ其の原理自体よく分からねえが、サッと何処かに隠れたって訳でも  無く、消された…そんな奴が事件を仕組めるとは思えない。」 「しかも、私という人間ががどうすればどう動くかが分かる人間はと考えると、貴方しか居ないわ。」 「…くっくっく。」 「…テメエ、何がおかしいンだ?おい!」 嘲笑う篤紫に佐倉が掴み掛かる。 「おいおい、お前も消しちまうぞ?離せよ…」 軽く佐倉を払い除け、篤紫は椅子に腰掛ける。 「さあ、続きを話せよ。ゆっくり、じっくりお前等の推理聞いてやっから…あと、次にナめた真似したら消すからな。」 「此の野郎…んでだ、俺等は今回の事件に関わっている二つの組織に共通する人間を探した。」 「そんな人間、私くらいしか居ないと思ったわ…でも、会社の私と関わりのある人間くらいなら知っている者が居た。」 「恋人である阿木から聞かされたであろう、お前だ。こいつは会社の人間にお前の事は話していないが、お前に会社の人間の事は話した。  だから理想を反映出来た。」 「理想の反映ね…」 「其処は間違い無いんだろ?此の世界は或る条件下で、理想を反映出来るってのは。」 「ま、そんなものかな…厳密に言えば、此の世界の創造主たる七鈴以外で干渉出来る者が出来る事は、配置された駒の削除だがね。」 「創…造…主…?」 「削除って…じゃあ消えた連中はお前がデータを消去するみたいに消したって事か!?」 「そう言う事だ。」 駒。 其の言葉が佐倉に突き刺さる。 何故なら、彼も此の世界の住人である以上、其の駒だからだ。 一方、七鈴は此の世界を作ったのが自身である事を再確認され、言葉を失くしていた。 「佐倉泰輔、お前を今此処まで消さずに居たのは、俺自身が楽しむ為なだけだからな?理想の反映だか何だか知らねーが、御一人様一回〜  なんてのじゃ無い事は覚えとけよ!」 「くっ…ん…ちょっと待て!なら何で俺はクビに成ったんだ!?阿木と推理していた時に、俺が居なくなる流れはあいつの望んだ事じゃね  −と分かっている!お前が排除しか出来ないなら、どうしてこう成った!?」 「何だ。そんな事も分からないのか?引宮星呼がよく動いたからに決まっているじゃないか。あいつは面白い女だった…俺が言う事を忠実  に聞いてこなしてくれたからなあ…」 「引宮さんは…貴方の僕だったって事…?」 ようやく七鈴が会話に復帰した。 「俺が世界の神だと言って、適当な駒を排除して見せたらあっという間に従ったよ。お前に其れと無く怪しまれる様に仕向け、お前を追い  詰め、此処に連れて来る…実に優秀な駒だった…ま、袴田を殺したのには驚いたがな。別に俺なら消せるっつーのに自分の力を見せ様と  したのかな…結局俺が邪魔だから死ねと言ったらあっさり死んだから意味が無いけどな!ははは、本当に馬鹿な女だったよ!あっはっは  っは!!」 平気で恐ろしい事を言い、高笑いする篤紫に七鈴も佐倉も言い知れぬ恐怖を感じた。 「どうして…どうしてそんな事をしたのよ、貴方は!!一体何が目的なの!?」 「…ふふ、簡単な事だ。」 「テメエ…何となくとかほざいたらブッ殺すぞ…」 「ふん、どうやってかな?まあいい、俺の目的…其れは七鈴!お前を散々にビビらす事だよ…」 「は…?そ、其れだけの為にこんな滅茶苦茶な事を!?」 「そう、其れだけさ。何時も何時も完璧人間なお前を、一度ボロボロに痛め付けたかったんだよ…再起不能な程にな!!」 あまりの事に七鈴も佐倉も絶句した。 「散々俺に訳分からねえ事で愚痴ってよお…仕事有るっつってんのに聞きやしねえ!あ?何だ?俺はお前の掃き溜めか?巫山戯んじゃねえ  !そんで思ったんだ…こいつ、一回懲らしめてやろうって…そうしたら声が聞こえたんだ…今から世界は阿木七鈴の理想世界に成るって  さ…はは、お笑いだよ。散々俺を苦しめたクソ女の理想世界?何であいつが良い思いしてんだよって…そうだ、今から素敵な理想世界で  あいつを苦しめてやろう…閃いたね!そして色々と確認してみたら、恋人だったからか知らねーけど、世界が変わった事に気付いていた  のは俺だけで、しかも邪魔な奴は消せる事が分かった!其処から今回の壮大な計画が始まったって訳さ!最高のショーだったぜ!?」 一気に心の内を吐き出す篤紫。 七鈴は其の言葉の一つ一つに怯えていた。 人間とは、些細な事で此処まで狂えるモノなのかと。 「っざけんなよ…テメエの其の馬鹿げた計画とやらで、何人の無関係な人間巻き込んでるんだよ!」 「佐倉さん、止め…!!」 限界を越えた佐倉。 七鈴の制止も聞かずに篤紫に掴み掛かった瞬間…彼は消えてしまった。 「こいつも馬鹿な男だなあ…折角忠告してやったのに、もう忘れたか。」 「篤紫…!!」 「おいおい、佐倉なんかどうでもいいだろ?お前、前から嫌ってたんだしよお…其れに、所詮は駒だったって分かったろ?あっさり消えて  さ!お前をより苦しめる為に最後はお前を黒幕と推理する様に俺が仕向けただけなのを、何今まで頑張って来たんだぞって感じで掛かっ  て来てんだか!全くどいつもこいつも馬鹿ばっかりだぜ…やれやれだ。」 「貴方を…絶対に許さない!絶対に…絶対に!!」 「ははは、でもお前に何が出来る!?俺に簡単に捻じ曲げられる程度の理想しか持たないちっぽけな存在のクセしてよ!やるか?やんのか  ?掛かって来いよ!お前如きに負けるつもりはねーぜ!?オラァ!!」 「…!!」 「…は?」 篤紫の動きが止まった。 体の中央から血をだらだらと流している。 「んだよ…此れ…は?トラップ?いやいや、作る暇なんて…」 篤紫の胸を貫いた金属の棒は、彼の正面から刺さっていた。 七鈴の真後ろの甲冑…金持ちの道楽で置いてある物で有名な一つが此の家にも在り、丁度七鈴は自分が彼の視界から其れを隠している事に 気付いたのだ。 其処で出たのが、篤紫曰く「俺に簡単に捻じ曲げられる程度の理想」だ。 咄嗟に無生物にも出来るかと思って彼女が念じた瞬間、上手く行ったという訳だ。 「槍が射出すれば良いのに…ようやく自分の意思で発動した理想がこんななんてちょっと嫌だけれど、どうしたの?簡単に捻じ曲げられる  んでしょ?ちっぽけな私の理想なんて!」 「げふっ…へ…へへ…どうせ…お前も…す…ぐに…こっ 言い切らない内に篤紫は倒れた。 「…終わったの…かな…」 周囲に二つの死体が転がっている中、へたりと座り込む七鈴。 「先ずは…休もう…」 ふらふらと屋敷を出て、今は「無き」佐倉の車に乗り込む。 エンジンを掛け、出発…目的地は自室。 「此れから…どうしようかな…って言うか、もう此の世界自体要らないんだけど…」 周囲の人間はほとんど消えてしまった。 恐らく此の町は大混乱に成るだろうし、七鈴自身もする事が無くなった。 辛くても、此れ以上おかしな事が起こらない「何時もの世界」に戻りたいと彼女は思った。 「…あら?」 夜中…と言うよりほとんど明け方の市街を走る七鈴は、何か違和感を覚えた。 「此の感じ…まさか、戻った…?」 しばらく飛ばしてアパートに着き、自室に入る。 どうせ未だ誰も寝ているので、ボロボロの体を休ませる。 ―翌朝 疲れ切った体でも、習慣が残っていたのか七鈴は朝早くに目を覚ました。 「うう…全然休み足りないけれど…状況を確認しなきゃ…」 のそのそとベッドから這い出て、テレビのチャンネルを掴む。 スイッチを入れると同時に玄関へ歩き、新聞を回収する。 元の世界の侭ならば、SS商社や引宮邸のどちらかくらいは話題に成っている筈だ。 「…無い!戻った!戻ったんだわ!」 喜びに咽ぶ七鈴。 辛くても、今の自分なら頑張っていけると思った。 「ふふ…え…?」 しかし次の瞬間、彼女の目に映ったテレビのニュースは信じ難いものだった。 SS商社で刺殺体発見…ではない。 引宮邸で二人の男女の死体が…でもない。 大量の人間が突然消えた…でもない。 OL、集団リンチで殺される!…だ。 しかも、被害者の名前は阿木七鈴。 さらに、十田万夜。 「…ど、どうなって…え?ええ!?」 其処でふと気付く。 自分が向こうの世界に行っている間、向こうの世界にやはり作られたであろう阿木七鈴はどうしたのだろうと。 まさか、入れ替わりで此方に来て、自分の身代わりに成ったのではないかと。 「十田さんもって事は…あの日、四之崎さんが言っていた私を十田さんが送ったとか言う…でも、どうして?どうして二つの世界が一部で  入れ替わっているの…?」 ―大変です!現在入った新情報です!解剖に回された被害者、阿木さんの死体が突如消失したそうです!どうなっているのでしょう!? 新たなニュースが飛び込む。 「私が…戻ったから…?」 七鈴の頭の中がぐちゃぐちゃに成る。 「一体、世界はどうなっているの!?探偵社は…」 ―また新しい情報です!今回の被害者の一人、十田万夜さんの勤めていた四之崎探偵社ですが、社員が一人を残して全員行方不明だそうで  す!しかも残った社員は此の探偵社には勤めていないと供述しているそうです!一体何が起こっているのでしょうか!? また新しいニュース。 「え…?え…!?」 ますます混乱する七鈴。 「まさか…探偵社は向こうには無くて…向こうの篤紫はもっと仕事の少ない探偵社で働いていて…探偵社だけがあやふやに二つの世界を彷  徨っていたとか…はは、まさか…まさか…まさか!!」 見開いた眼で床を見詰め、固まる七鈴。 そんな時、電話が鳴る。 思わず、取ってしまう七鈴。 「…おい!出たぞ!やっぱり生きてたんだ!」 電話の相手は向こうで勝手に話し、切ってしまった。 「…あ…来る…?」 此の世界の昨夜、自分を殺した者達。 潤沢な資金を元に、佐倉泰輔が集めた二課員とヤクザ。 七鈴は其処までは知らないが、危険は感じた。 しかし、体が動かない。 疲れが取れていないとかあ、そういうのでは無い。 完全なる空虚…其れが今の彼女を支配していた。 迫る終焉。 彼女が最後に思ったのは、じぶんの理想を映し出した鏡の世界。 あそこにまた、戻りたいという事であった。 おかしくても、自分が死なない世界に… 合鏡後編・完 鏡・裏鏡・合鏡…完