合鏡中編〜絡んだ世界の中で〜 登場人物 阿木七鈴(あき なすず):主人公。            理想の世界を手に入れるも、次第に恐怖を感じる様になった。            自分の抱いた疑問と、其れに関わった人間が消える謎を追う。 袴田弘矢(はかまだ こうや):七鈴の後輩の二課員。              気弱だったが最近では妙な程の自信家に成った。              性格は変わっても七鈴を慕う気持ちは変わらず、悩む彼女を支えてくれる。 引宮星呼(ひきみや せいこ):二課の新課長と成った、七鈴の上司であり親友だった女性。              全てを知り尽くしている様な言動から、七鈴に疑われている。              彼女もまた七鈴を警戒している様だが、真意は全くの不明。 大松篤紫(おおまつ あつし):七鈴の恋人で探偵社に勤めていた。              彼女の依頼を受けて引宮を調査していたが、失踪してしまった。 四之崎頼一(しのさき らいいち):探偵社の社長。                 七鈴に協力し、篤紫の失踪を調べるが、失踪してしまった。 鳥丸昂(とりまる すばる):四之崎社長直属の探偵社員。              篤紫の調査中に失踪してしまった。 十田万夜(とうだ まや):四之崎社長直属の探偵社員。             鳥丸に続き、失踪してしまった。 佐倉泰輔(さくら たいすけ):元二課長。               暴慢で人望の無い男であった。               七鈴とも非常に仲が悪かった筈なのだが、何故か協力的に。 ―午後十一時、七鈴の部屋 「どうぞ、ちょっと散らかってますけど…」 「ん?何処がだよ…俺の部屋見たらお前、倒れるんじゃねぇか?」 七鈴と佐倉はゆっくり話をする為、七鈴の部屋にやって来た。 余計な物が一切無く、しかし必要な物は全て揃っている。 七鈴の性格の良く現れた部屋だ。 以前に四之崎達が調査に来た際、若干物の配置がずれた辺りが七鈴の言う「散らかり」らしい。 「…さてと。」 「…」 消えた四之崎探偵社。 社長である四之崎が消えてから一週間が経っている今、其れが原因で潰れてしまった可能性も有るが、自分に不利な情報を与えたくないと 思った引宮が消したのかもしれない。 しかし、ニュースに成っていない事からすれば潰れたとは考え難く、消すなら篤紫や四之崎達の様に完全に消してしまえば良いだろうに、 廃墟だけが中途半端に残されていた事からすると引宮の仕業をは考え難い。 そして以外の原因は思い付かないと来ている。 二人は完全に困っていた。 「どうしたもんかね…なあ、何か手は無いか?」 「簡単に思い付いたら苦労しませんよ…どう考えても矛盾が出るんです。」 「…いっそ、今回のは一旦置いておいてよ、別で手掛かりを得ないか?分からねえ事を考えても無駄だしよ。」 「でも、どうするんです?」 「あーっとだな…ええと、ほら、アレだよアレ…うーん…」 結局話は進まない。 「はー…何でも都合良くはいかないモンだな…ドラマとかならよ、此処でポンっと名案でも浮かんで一気に解決〜にもなるってのになー…  現実は嫌だねえ…」 「…何をするにしても、私達ではやれる事が少な過ぎるんですよ。だからと言って、新たな協力者を…なんて考えれば消されてしまいます  し…」 「だなァ…せめてあと何人か手があれば状況の整理でも出来るってのによ。探偵社の件についてだって特殊な俺やお前じゃ世界観が一緒だ  からな。お前の理想が反映された誰かに訊いて、消えない様に俺等で見張っても…無理か。一瞬の内に消えるんだったか。」 「…あ、そう言えば。」 「ん?」 七鈴はふと思った。 其の件についてどうして今まで話題に出さなかったのか不思議な程に、基本な謎が目の前に在る事に。 「佐倉さんは…どうして消えなかったんでしょうか?ほら、私は一度佐倉さんの元から逃げて思いっ切り視界から外しましたが、あなたは  消えなかったですよね!?」 「んー…そうだな。でもよ、其れは俺がお前に協力するって分からなかったからじゃねーのか?協力を申し出てからはずっと一緒だったし  よ…あーでも一瞬の内に消えるんだったらおかしいか…そういや何でだろうな?」 カフェに行く迄は、七鈴は佐倉の後ろに位置し、消えない様に努力もしていた。 しかし、佐倉が探偵社の話をしてからは慌てていた事もあってきちんとしていなかったのだ。 ほんの数秒どころか、車に乗っている間は何分か見ていなかった時間も在った。 「あの時は話を聞いて欲しい一心でしたし、其の後も他の人とは違うって分かった地点で忘れてしまっていましたが…此れは大きいと思い  ます。此れで消えない人間のパターンが判れば、協力者も増やせますよ!」 「お、希望が見えたな!じゃあ早速其処から考えよう!まずは俺達が知る限りの状況整理だ。」 「まず、此の世界は私の元居た世界とは違う世界で、私は迷い込んでしまった。」 「此の世界はお前の元居た世界の住人の理想が反映される世界で、元々は引宮の理想世界だった。」 「ところが私が来た事に因って、私の理想も交じり合う世界に成ってしまった。」 「世界を構成している引宮とお前は当然元の侭であって、違和感からお前は引宮を疑い、引宮は其れに気付いてかお前の協力者を消して行  った。」 シンプルなグレーのテーブルに紙を広げ、二人は状況を書き込んでいく。 「消えたのはお前の恋人のアツシとやら、探偵社社長の四之崎氏、其れと社長の部下二人か…」 「そして消えないのは私と佐倉さん…」 「まあ、お前が消えないのは向こうの世界の人間って事だろうな。まー、其の原理自体意味不明だけどよ。」 「問題は佐倉さんと、篤紫達との違いですね。」 「引宮が俺が協力している事に未だ気付いてないだけってのはねーか?」 「うーん…考えられなくもないですが、篤紫や四之崎さん達との繋がりに気付けたのならちょっと矛盾するんですよね。」 確かに、篤紫とは電話で少し話しただけだ。 四之崎達との調査も、其の道のプロと共に行っただけはあるので素人に簡単にバレる事は無いだろう。 世界を構成する、言わば「神」の権限で知れるのなら仕方が無いが、其れならとっくに佐倉との繋がりも知られている筈だ。 「後は…何だぁ〜?」 「あ、そう言えば!」 「お、今度は何だ?」 「此の世界が私の理想が反映されるって気付いた時に、一つ思っていた事が有るんですよ!私は確かに佐倉さんは苦手でした。でも、クビ  になれば良いなんて思っていなかったんですよ。」 「と言うと?」 「私は、『佐倉さんがまともな上司で、自分と協力して行ければ良いのに』とは思いましたけれど、『佐倉さんが居なくなれば良いのに』  なんて思ってなかったんです!引宮さんが課長なら良いのにと思ったのは佐倉さんが居なくなって、空いた課長の座がどうなるのかって  話が出た時からです。」 「ん?つー事はだ、俺の状況はお前の理想だけじゃなくて、もう一人の理想…詰まり引宮の理想の影響も在っての事か。」 「そうです!そして、消えた四人と引宮さんは関わりが無かった筈ですから、彼女の理想も何も無く、恐らくは元の世界の彼等と同じだっ  たのではないでしょうか?」 「んで、お前が来た地点でお前の理想のみが影響した…」 「あくまで推測ですよ?若しかしたら、私の元の世界の人間が此の世界に及ぼせる『理想』は、一人一つなのではないでしょうか?篤紫や  四之崎さん達は、私の『理想』は叶っていましたが、引宮さんの『理想』は未だ空白だった。そして、後から其の存在と危険性に気付い  た引宮さんは『理想』を発動し、消したとしたら…」 「俺は既に『会社から居なくなる』って理想が叶ってるから、其れ以上の事は望めなかったって事か!おー、正解じゃないか!?」 「そうなると、他に引宮さんの理想の影響を受けた人間を探せば…」 「仲間に加えられる…か!ならやっぱ会社の人間だろうよ。まああいつが全員に何かを望んだのかどうかは知らんが。」 「其の辺りも考慮しつつ、協力者に成り得る人を探してみます!」 「おう、じゃあ今日は此処までにしておくか!」 時計を見ると既に深夜一時を回っていた…思った以上に長く話していたらしい。 二人は解散し、続きはまた何かが掴めてからという事に決まった。 「見てなさい…引宮さん!私は負けないから!」 意気揚々とする七鈴。 期待を胸に、久し振りに快適な眠りに就いた… ―翌日 SS商社の二課室。 相変わらず室内は生き生きとしていた。 皆が自分の仕事をきっちりとこなし、順調に消化していく。 七鈴は引宮とあまり接触しない様に気を付けながら、佐倉の情報と自分の記憶を照らし合わせ、以前と大きく二つの点で変化した人間を探 した。 「(そう言えば袴田君…私は仕事をもっとちゃんとして欲しいとは思ったけれど、威張れなんて思わなかったわ…何だろう?余に気弱だった  から、『自身を持て〜』とか引宮さんは望んだのかしら?)」 他の二課員達は、揃って仕事が出来る様に成っただけだろう。 仕事に対するやる気が増えたのは、『仕事が出来たから』という達成感から来るものと考えられる。 袴田の件を考えれば、引宮は単に課長の座に戻り、邪魔な佐倉を追い出して上に立ちたかっただけで、課員達が優秀に成る事は特別望んで 居なかったのかもしれない。 そうなれば、袴田以外は危ないだろう。 「やっぱり…彼しか居ないか…」 正午、昼休みに七鈴は素早く袴田を誘い、何時もとは違うテラスに案内した。 元々彼女には好意的だったので連れ出すのに苦労はせず、二人は人気の無い場所で向き合った… 「な、何スか…?こんなとこで話なんて…俺…俺…!!」 「ちょっとね、大切な話があるのよ…」 「は、はいィー!!」 袴田は明らかに勘違いをしている様だ。 状況が状況だけに無理も無い。 「…今から言う事、嘘じゃないから…笑わずに聞いてね?そして、信じて…」 「は、はひ!なななな何でも!も!」 「実は…」 「…!!」 「…あ、言っておくけど、告白とかそういうのじゃないからね?私、彼氏居るし。」 「…!!??」 袴田の落胆振りはかなりのものがあったが、七鈴は構わずに続けた。 最初は落ち込んでいた彼も、話が進行していく内に真剣な表情に成っていく。 「尊敬する七鈴は嘘を吐かない」と言う固定観念が強く働いた所為でもあるだろう。 「…と言う事なの。何とか佐倉さんと推理を進めていたのだけれど…限界が見えちゃって。お願い!私を信じて協力して!」 「ふう…」 袴田はがっかりした様に溜息を吐いた。 「先輩!俺は前に何時でも何でも言って下さいって言ったじゃないスか!俺が…協力しない訳が無いでしょう!?て言うかもっと早く言っ  て下さいよ〜、そうしたらもっと早く解決したかもしれないのに!」 「あの時は…色々有って。御免ね?」 「いやまあ別にそんな…兎に角!何でも相談に乗りますし!何でも出来る事ならしますから!」 「うん、有難う…本当に…」 思わず七鈴の目から涙が零れる。 「でも…少し信じられないってのが本音ッスね。ちょっと非現実的過ぎるもんで…俺も…ニセモノって事ッスもんね…」 「いいえ、此の世界ではニセモノは私だもの!此処では貴方がホンモノなのよ。」 「はぁ…え〜と、で、何でしたっけ?探偵社でしたっけ?」 「ええ、ちょっと時間が無いけれど、其処だけは訊いておきたいの!」 流石に此処までの流れを話すのには其れなりの時間が掛かり、昼休みはもう残り10分くらいだ。 二人揃って昼食抜きだが仕方が無い。 「う〜ん…少なくとも俺は四之崎探偵社ってのは聞いたことが無いッスね…佐倉元課長が言うには有名なんでしたっけ?他の連中に俺から  訊いておきましょっか?俺が何気に訊くくらいなら問題無いッスよね?」 「ええ、恐らく…だけど。お願いするわ…でも、何か危ないと感じたりしたら直ぐに私に知らせてね!」 「勿論ッスよ!じゃあまた退社後に!」 袴田は去っていった。 引宮が何処まで此方の情報を入手出来、何処まで妨害出来るのかは分からないが、少なくとも袴田が他の二課員に話し掛けるくらいいでは 表立った行動には出ないだろう。 仮にも此処は会社なのだし、目撃者が多過ぎる。 其れに細かい事で次々と人間を消せば、怪しむ人間だって現れるだろう。 四之崎達の様に、自分が危機を感じる程で無ければ… 兎にも角にも袴田を味方に付けたのは大きかった。 引宮の理想を身に付けた(あくまで七鈴の推測だが)彼ならば消される事も無いし、思い切った行動もしてくれる。 今の変化した状況を利用する様、七鈴は発想を切り替えていた。 「…此れで或る程度の情報は得られるわね。後は引宮さんがどう動くかだけど…」 若干の不安を抱えた侭、二課室に戻る七鈴。 昼休み終了まではあと5分。 未だ室内には人気が無いが… 「…え?」 七鈴は違和感を覚えた。 「…あ…ああ…そんな!」 絶望に座り込む七鈴。 昼休み終了5分前。 以前の七鈴なら何も感じなかっただろう。 いい加減だった二課員達は昼休みギリギリか、やや過ぎる位で戻ってきたものであったが、今の二課は違うのだ。 皆やる気に溢れ、5分前どころか10分前から仕事を再開する者も居たのだ。 そう、此の5分前にがらんとした二課自体が、今は異常なのだ! 「まさか…全員を消した…?何て事…あ!」 力無く立ち上がり、ふらふらと廊下に出る七鈴。 余りの恐怖に足を震わせながら、二人の人間を探す。 一人は協力を約束してくれた袴田。 彼は推測が合っていれば消えない筈だ。 そしてもう一人は黒幕、引宮。 こうなれば彼女に直接訊く必要もある。 危険だが、最早他に手は無い。 「ふう…ふう…!!」 おぞましい吐き気を抑えながら、人気の無い社内を彷徨う七鈴。 既に会社の人間は二課を問わず、消された様だ。 妙な事に、今迄は必ず現れた携帯電話が一つも見当たらないが、今の彼女は其れどころでは無かった。 順々に部屋を覗き、注意深く確認してみるも、袴田も引宮も居ない。 「何処に…行っちゃったの…?袴田君…」 「おい!阿木!」 駆け付けた男。 佐倉だ。 捜索開始直後に七鈴は彼を呼んでいた。 数少ない仲間であるし、元々一人で社内全てを探すのは難しいと分かっていたからだ。 「社員全てが消されてしまったみたいなんです…協力を取り付けた袴田君も居ませんし、其れどころか引宮さんまで…」 「チッ、随分と大胆に来たもんだな…よし、手分けして探そう!お前、余裕有るか?」 「大丈夫…です!」 「そ、そうか…んじゃま、行くか。」 見るからに七鈴は限界であったが、其の恐ろしい形相に佐倉は休めとは言えなかった。 左右に分かれ、七鈴は西階段側から、佐倉は東階段側から捜索を開始した。 1フロアの捜索を終える毎に廊下を挟んで互いの無事を確認しつつ、念入りに七鈴が一人で既に調べた部屋も再捜索した。 30分後、15階中14階迄を調べ尽くした二人は、相当の疲労を抱えて合流した。 「何故…何故誰も居ないの…」 「クソッ、引宮は兎も角袴田のアホは何処に行ったんだよ!アイツが居ねえのはおかしいだろ!」 「もう、最上階と屋上しか無いですね…」 「社長も…もう居ねえんだよな…よし、行くぞ…」 多少余力が多く残っている佐倉が先陣を切り、七鈴が無言で壁に手を掛けながら続く。 最上階である15階は中央エレベーターからのみ上がれる様に成っており、他のフロアと違って社長室しか無い。 屋上は一度14階まで降り、外に出る扉を通って行く形で、社長室はビルの天辺に追加した様に存在しているのだ。 「…良いか?」 「…はい。」 二人は社長室の大きな扉の両脇に張り付き、突入のタイミングを計る。 別に二人はスパイでも警察でもないし、武装もしている訳でもない。 唯、多くの映画やドラマでそういう場面を見て来たので、何となくこんな形に成ったのだ。 「オラァ!!」 佐倉が扉を蹴破り、七鈴が突入!武器は無いのでファイティングポーズを取る。 ちょっと間抜けだが仕方が無い。 「…」 「…何だよ。」 張り切った二人を他所に、室内には誰も居なかった。 「もう屋上しかねーじゃん…つーか此の隙に引宮のヤローに逃げられたとか勘弁だぜ?」 「此処から屋上見てみます?二方向から見れますし。」 「だな。一応見ておこう。」 左右に分かれ、下を見る二人。 「何もねーな…おい、そっちはどうだ?」 「…」 佐倉の呼び掛けに七鈴は答えない。 「おい、どうした?何か在ったのか?」 「…信じ…られない…」 「…!!」 泣き崩れる七鈴に、佐倉は嫌な予感を察知して走った。 西側の窓から下を見ると、其処には人間が一人居た…否、性格には「一つ在った」かもしれない。 どす黒い血溜まりの中で、袴田弘矢が俯せに倒れていたのだ。 明らかにもう死んでいる。 「そうか…理想で消せないから物理的に消したのか…何て奴だよ…」 「やっぱり…私は助けを求めるべきじゃ…うう…」 「おい、しっかりしろよ!俺は未だ殺されてねーんだ!物理的に殺しに来るんだったら限界はある!奴が目撃者や邪魔者を幾ら消そうが、  俺は消えねえ!行くぞ!奴を見つけるんだ!」 「…私は…私は…」 「おい!阿木!どうしたんだよ!?早くしないといよいよ見つからなくなるぞ!?」 「ああああああああああああああ!!!!」 最早七鈴は駄目だった。 袴田の死を目の当たりにして精神へのダメージが限界を越え、どうにか出来る範囲も越えてしまったのだ。 「あ〜チクショウ!」 佐倉は自分も限界だろうに、動けない七鈴を背負って歩き出した。 エレベーターに乗り、一気に一階まで降りる。 会社の周辺からも人影が無くなっている事から、引宮は人に見られてはまずい状態…例えば返り血を浴びている様な状態であるのだろう。 「…自宅か!」 佐倉は素早く自分の車の後部座席に七鈴を放り込み、出発した。 余程引宮は余裕が無かったのか、車に細工がされている事は無かった。 「あーーっと…確かこっちだよな…」 かつての課長時代の情報を頼りに、引宮の家に急ぐ佐倉。 「…に…が…ら…で…」 元の世界では考えられない程の頑張りを見せる佐倉だと言うのに、後部座席に蹲った七鈴は何やらぶつぶつと呟くだけだ。 「ったく…此れだからエリートは嫌なんだよ…おい、そんな時間掛からねーんだからよ!そろそろ復活しろよ!」 「…のに…人が…」 「クソッ!」 数十分後、どうにか佐倉は引宮邸に到着した。 引宮の車は乱暴に門前に停められており、大きな屋敷だと言うのにしんとしている。 「あのヤロウ…自分の身内まで消したのか?」 七鈴は結局使い物にならないので、佐倉は単身乗り込む事にした。 門前の引宮の車を覗くと、運転席のシートやハンドル等に血痕が在った。 やはり袴田を殺した際に返り血を浴びたのだろう。 「何か有った方が良いな…よし、こいつを拝借すっか…」 庭に転がっていたシャベルを取り、佐倉は入り口に張り付く。 中からは何の物音もしない。 「…行くしかねーよな…」 意を決して扉を開け、内部に潜入する。 まるで映画に出てくる外国の豪邸の様な広さだが、人気は全く無い。 佐倉は耳を澄ませ、僅かな音にも注意し、進む。 広過ぎる屋敷内を念入りに捜索するが、会社同様にまるで手掛かりも何も見つからない。 「何処だ…此処に居る事は確かなんだ…」 引宮が会社の時の様に何時の間にか逃げない様、玄関は突入時に鍵を掛け、シャベルで何度も殴って壊しておいた。 いざとなれば脱出方法は他にもあるかもしれないが、気休めだ。 「…ん?」 一階の捜索を終え、二回を探索中にふと窓から外を見ると、自分の車の後部座席が開いている事に佐倉は気が付いた。 「あいつ…立ち直ったのか?玄関は潰しちまったが…どっからか迎え入れるか…」 携帯電話を取り出し、七鈴に掛ける。 「おう、俺だ。もう大丈夫なのか?かなり此処広くてよ…玄関は潰しちまったから他で入れるトコ探すから待っててくれ!んで入ったら探  すの手伝えよ?」 「はい…」 元々は佐倉が手伝いだった筈だが、何時の間にか立場が逆転している。 佐倉は寒気がする程に不気味な七鈴の声に一瞬何かを感じたが、特に気にせずに一階の窓際を走った。 「お、此処開くな…おい、阿木!西側から回って来い。開きそうな低い窓在ったから!」 「はい…」 「お前…どうした?何かさっきから妙だぜ?」 「いえ、何でもありませんよ。ちょっと緊張しているだけです。」 「なら…良いが…」 やはり七鈴の様子がおかしい。 ようやく敵を追い詰めたと言うのに、覇気も無ければやる気も無い。 肉体も精神も限界なのは分かるが、其れは佐倉も同じだ。 「(ったく…何でサポート担当の俺がメイン張って頑張ってるんだよ…)」 少し苛立ち始めた佐倉。 元々、会社を追われた上に自分は偽者だと聞かされ、挙句親身に協力してボロボロに疲れている。 ほとんど非は無いのに、引宮と七鈴の妙な争いに巻き込まれただけなのだ、無理は無い。 「…ん?」 佐倉は何かまた、違和感を覚えた。 何かが引っ掛かるが、其れが何かは分からない。 「まあ今は其れどころじゃねえか…っと、来たな。」 視界に入った七鈴を確認し、佐倉は進入箇所を示す。 合流し、二人は二回の捜索を再開した。 「はあ〜…何でこうも見つからないんだよ…もう…体が動かねーぞ…」 「まさか、もう逃げたとか…」 「いや、有り得ねーよ。一階に降りた気配はねーし、二階の窓から脱出なんざ自殺行為だ。」 二階もほとんど探したが、何一つ誰一人見当たらない。 「取り敢えず俺は休む!お前俺よりは余裕有るだろ?残りちょっとなんだし見てきてくれよ。」 「はあ…分かりました。」 「階段は見張っとくからよ…」 仕方無く七鈴は一人で残りの数部屋を探す事にした。 「…居ないわね…次!」 「…」 佐倉は階段の踊場で座りながら、捜索中の七鈴を見ていた。 今は調子を戻した様だが、先程の彼女は明らかにおかしかった。 袴田が死に、自分が其の原因だと感じて嘆いたまでは未だ分かる範囲だったが、移動中の車内からは違和感しか沸かなかった。 何か…分からないが何か彼女は隠している。 そう思ったのだ。 「…あいつの周囲の人間が理想的に成り、引宮に恐怖を感じ、相談した人間が消え…」 佐倉は今までの流れを呟いた。 「俺に相談し、袴田に相談し、袴田が死んで引宮を追って…今と。」 少し前に感じた矛盾。 其れの正体が分かれば、何か全体の解決の手掛かりに成ると彼は思ったのだ。 「…袴田は引宮の理想で消せないから物理的に消された…じゃあ俺は?俺だって一人で居た時間は在ったんだ。殺されてもおかしくねーん  だよな…つーか今が其のチャンスじゃねーか…何で俺は消されないんだ?」 其の時、佐倉は或る仮説を思い付いた。 「まさか…いや、そんな筈がねえ!!だが…そう考えるとかなりの謎が解けちまうぞ…」 「きゃーーーー!!」 「!?」 突然響く叫び声。 はっとして佐倉が見ると、七鈴が廊下の奥の部屋の前でしゃがみ込んで震えている。 重たい体を動かして、佐倉は走った。 或る仮説を頭に浮かべながら。 「どうした!?其の部屋に何が…」 「あ、あれ…引宮さんが…」 「な…!?」 薄暗い部屋の中。 其処に引宮星呼はぶら下がっていた。 首に巻かれたロープは天井の照明に括り付けられており、彼女の足元には椅子が転がっていた。 「自殺…か…?」 呆気に取られる佐倉。 散々引っ張り回された結果が、黒幕の自殺等と言う余に肩透かしなものだと言うのだろうか? 「…阿木。」 「どうしましょう…私達は目的を失ってしまいました…」 七鈴が虚ろな目で佐倉を見る。 「…取り敢えず此処を出るぞ。」 玄関は使えないので、例の窓から出、二人は車に戻った。 「なあ、阿木よう。」 「はい…」 「此れからどうするつもりだ?会社の人間は皆消えちまったし、目的も無くなった。」 「はい…」 「言わば、お前は知人をほとんど失って孤独に近い訳だ。」 「ですね…」 「此れで俺が消えたらよ…いよいよだぜ?」 「そんな…事…」 「まあ、俺は消えたくはねえ…当たり前だが。」 「…」 「だがよお…やっぱスッキリしたいんだ。」 「?」 「解決編…始めようと思う。」 「…」 佐倉の表情は何時に無く、真剣だった。 全てが消えた今、彼は何を話そうと言うのか。 消えた人々、残された携帯電話、理想とは何なのか?引宮の死、消えない佐倉… 全ての謎は一つの線で繋がり、今明かされる… 中編・完        合鏡・後編に続く…